盲ろう教育に
ついて DEAFBLINDNESS EDUCATION

大井川鉄道のアプト式のラックレール
観察を元に線路の模型を制作

盲ろうの子どもが得られる情報は、直接触れるか、残存する視覚と聴覚で把握できる限られた範囲にある不鮮明な情報に限られます。しかも、これらの情報は、一度に取り入れられる情報量が極めて少なく、非常に多くの時間と集中力が情報収集と処理に必要とされます。また、複数の情報の同時収集が困難なため、情報相互の関連性・因果関係・全体像の把握が非常に困難になります。さらに、遠方のもの・危険物・動き・変化には直接触れることができないため、情報として欠落してしまいます。つまり、私たちには、何気なく大量・広範囲の鮮明な情報が瞬時に届いていても、盲ろう児者にはその大部分が届いていないことを常に意識することが盲ろう教育には求められます。

我が国の盲ろう教育の歴史

  1. 日本で初めて盲ろう児教育が行われたのは、戦後間もない1949(昭和24)年のことです。当時の山梨県立盲唖学校堀江貞尚校長が、県下の盲児とろう児について実態調査をする過程で、2名の盲ろう児に出会ったことから始まっています。これをきっかけに、1952(昭和27)年には東京大学梅津八三教授らを中心とする「盲聾教育研究会」がつくられ、盲ろう教育研究の端緒が開かれました。そして、山梨県立盲学校の盲ろう児教育は、現場の教師・寮母や研究者の協力によって約20年間続けられました。その後、教師・研究者らによって「日本盲聾児を育てる会」が結成され、全国各地の盲ろう児やその家族、教師らの結束を図る試みがなされました。
  2. 1971(昭和46)年に設立された国立特殊教育総合研究所には、盲聾教育研究室が設けられ、国立久里浜養護学校や財団法人重複障害教育研究所をはじめ、いくつかの盲学校、聾学校においても、盲ろう児に対する教育の貴重な試みが実践されてきました。
  3. 盲ろう教育をめぐるもう一つの動きとして、東京都立大学へ進んだ盲ろう青年の支援活動をきっかけに、1991(平成3)年に社会福祉法人全国盲ろう者協会が設立されたことがあげられます。この設立によって、日本でも、行政レベルによる盲ろう者に対する施策が、スタートしました。
    同協会では、様々な盲ろう福祉施策に取り組む一方で、盲ろう教育に経験のある教師・研究者を集めて、「盲ろう教育手法開発委員会」を作り、盲ろう教育の研究にも取り組んできました。この委員会のメンバーによる活動は、研究紀要の発行、全国の盲ろう児とその親によるワークショップなど、様々な活動を展開するようになりました。
    これらの活動や、国立特殊教育総合研究所が1993年(平成5年)および1998年(平成10年)に全国の学校を対象に行った実態調査等によって、学齢期にある盲ろう児童・生徒の実態も、徐々に明らかになってきました。
  4. そして、今後のわが国の特殊教育の方向を示すものとして、2001(平成13)年に公表された『「21世紀の特殊教育の在り方について」~ 一人一人のニーズに応じた特別な支援の在り方について ~(最終報告)』(21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議、2001年3月15日)では、特に「盲ろう」重複障害を取り上げ、「盲、聾の重複障害のように特別なコミュニケーション手段が必要な場合(中略)には、特に障害の状態に配慮しながら指導する必要がある。」と述べ、このため「教員の専門性の向上や成果の普及、教育相談の充実を図る必要がある。」と提言されています。
  5. こうした機運の中で、2003(平成15)年に、目と耳の両方に障害を併せ有する「盲ろう児・者」の教育及び福祉に関わる多様な事柄を研究し、その向上に寄与することを目的とする、日本で初めての全国的な研究会として「全国盲ろう教育研究会」が設立されました。本研究会会員は、盲ろう教育にかかわる学校教員だけでなく、盲ろう当事者、盲ろう児・者の家族、盲ろうの療育・リハ・医療・通訳介助等にかかわる専門家および研究者等、盲ろう児・者の教育と福祉に貢献し、情報を分かち合う意欲のある人々を対象とし、教育実践の交流や最新情報の共有等を行い、現在に至っています。

盲ろうを取り巻く社会情勢の変化

近年における盲ろう教育を巡るトピックを挙げます。

盲ろう教育において大切にしたいこと

研究協議会や研究紀要等を通して、盲ろう幼児児童生徒の教育において大切にしたいことを以下の通り、確認してきました。

お芋掘り
  • 安心できる関係づくり
    声や音、光も届かない、届きにくい世界の中にいる盲ろうの子どもたちにとって、人の存在こそが外の世界につながる窓口となります。子どもたちが自分のことをわかってくれると感じ、自分の思いを表出できる安心できる関係をつくっていくことが指導する上での前提になります。
    そのためには、子どもの表情、視線、身体の動き、身振り、発声等から、気持ちや思いを読み取っていくことが大切となります。
    パーキンス盲学校(アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン)の「盲ろう児童生徒の教育を担当する教員の専門性に関する報告書」では、専門性について、以下のように記述しています。
    「教師が盲ろう児童生徒と強い信頼に基づく人間関係を築くことが専門性の核である。その信頼関係の土台の上に、盲ろうにかかる専門的な知識と技能を使って、はじめて盲ろうの児童生徒の個人的・社会的能力を開発することができる。」
  • 子どもの全体像を把握すること
    視覚障害や聴覚障害の状態、原疾患、病名、発達段階、コミュニケーション、身体の動き、手指の働き、経験の程度、興味・関心等、日常の教育活動や家庭での様子を把握・整理して子どもの全体像を捉えることが大切です。
    視覚や聴覚の状態について測定不能・不明の場合でも、日常の観察結果と疾患名などの特性から見え方や聞こえ方を推測・想像することも必要になってきます。
    そして、障害の状態について固定的に考えないことも大切です。。測定不能、あるいは活用が難しいと診断された場合でも、日常生活や教育活動の働きかけの中で、活用が図れるケースもありますし、障害が進行し、活用が難しくなるケースもあります。
  • 実態把握から課題やつけたい力を明確にし、指導内容を設定していくこと
    子どもの全体像を捉え、中心的課題を抽出し、長期的な目標、短期的な目標を明確にして指導内容を具体的に考えていくことは大切なことです。
    指導を振り返る中で、このねらいは適切だったのか、子どもの発信を見逃していなかったのか、など集団で検討することで、多面的な見方や情報の共有を図ることが可能となります。そのときに、子どもが質的に新しい力を獲得する、できることが増えるなど、子どものもつ能力が高度化する、という視点だけでなく、子どもが今もっている力を、違う場面で発揮したり、新しい相手との間で発揮したりできることで、子どもの生活や人とのかかわりに幅がでてくる、という視点で、子どもの発達をみていくことが大切になります。
  • 実際の体験を大事にし、積み上げていくこと
    盲ろうの子どもたちは、何気なく目にする、耳に入ってくる膨大な情報を自然に得ることはできず、得られる情報が限られています。また、絶対的な経験の乏しさがありますので、当然知っているであろうことを知らないということはよくあることです。概念を形成していくためには、その基盤となる実体験を積みあげていくことが必要になります。さまざまな体験を通して、概念の理解、言語の理解へつなげていくことが大切です。
    また、体験するときに、活動の一部分ではなく、可能な限り、全過程に関わることで物事の関係性や変化等が感じられますので、じっくりと一つ一つの体験を積み上げていくことが大切になってきます。
  • 障害の状態等に応じて情報の提示の仕方や関わりの方法を選ぶこと
    視覚・聴覚障害などの状態に応じて、触覚や嗅覚を活用する等、一人ひとりに分かる方法で、必要な情報を分かりやすく一貫して伝えることが大切です。「声が聞こえる=言葉を理解できる」ということではないことを踏まえて、何がわかっているのかを把握した上で、働きかけをしていくことが大切になってきます。サインや音声の活用と併せて、必要に応じて、ネームサイン、オブジェクトキュー、スケジュールボックスの活用などについても検討していくことが大切です。
  • 双方向でのコミュニケーションを意識すること
    子ども自身が伝えたい、分かち合いたい、という気持ちをもつことがコミュニケーションの土台になります。そして、意図的な継続した働きかけも大切になってきます。子どもが周囲の人の働きかけの意味を理解し、それを自ら発信する、発信したことが分かってもらえた、といった積み重ねがコミュニケーションの力を育てるためには大切です。
    コミュニケーションを通じて、子どもが安心感や見通しをもち、生活そのものが豊かに拡がりのあるものになっていく視点をもつことが必要なことです。
  • 子どもの興味関心のあることを学習につなげ、主体的な学びを創り出していくこと
    視覚と聴覚からの限られた情報と経験の圧倒的な乏しさから、当然、興味関心も限られてきます。その限られた興味関心を意図的に学習につなげていくことで、主体的な学びの場がつくれ、それが、概念形成や言語の理解につながります。
    子どもたちが意欲をもって活動に取り組むことができるように、その子どもにとって意味があることや好きなこと、興味・関心のあること、得意なことを把握し、それを活かす視点を持って関わること、指導することが大切です。
  • 子どもにとってわかりやすい活動を創っていくこと、教材教具を工夫すること
    子どもが自ら活動し、学びの充実感が得られるような活動内容、教材教具を工夫することが大切です。子どもが学ぶ喜びや楽しさが用意されているか、聴いて分かる、触って分かる、見て分かる等、五感を活かした活動が用意されているか、分かりやすいシンプルな展開、イメージをつくりやすい内容になっているか、ワクワクするような教材が準備されているか、といった視点で考えることが大切です。
    また、活動がいつ始まり、いつ終わったのかが分かりにくいので、それが明確に分かるように、はっきりした合図を決めて伝えることや、活動の準備と後片付けをすることによって、始まりと終わりを伝えるなどの工夫も大切になってきます。
  • 家族、医療・保健・福祉・行政等、関係する機関との連携を大切にしていくこと
    子どもの実態把握や活動を考えていく上で、日頃の家庭での様子(視覚や聴覚の活用、生活リズム、好きな遊び、食事等)や家族のねがいを伺っておくことは大切なことです。一緒に、お子さんを育てていく関係性をつくること、また、医療・保健・福祉・行政等、関係する機関との連携によって、情報やアドバイスを得られる関係性を築いていくことも大切なことです。
  • 学齢期の学びが卒業後の生活につながっていくようにすること
    学齢期で学びは終了することではなく、卒後機関や家庭においても、学び続けること、学齢期で培った力を発揮し、成長し続けていくこと、自らの生活を豊かにしていくことができるという実践に裏付けられた確信の下、学齢期の学びを卒業後の生活につなげていく視点をもっていくことが大切です。そのためにも、卒後機関との連携は必要不可欠です。

教育的課題

盲ろう教育において、今後、重点的に取り組むべき課題を列挙します。

  • 盲ろう児・者やその保護者に対する
    成長段階における育児・就学・進学・就労等の
    相談支援体制の充実
    盲ろう児を持つ保護者は、我が子の成長に不安や養育に関する様々な悩みを持っています。就学前や就学期だけでなく、就労期に至るまで、それぞれに直面する問題の解決に必要な情報や支援を求めています。生涯にわたる相談や支援の組織及び体制整備が必要です。
  • 盲ろう児やその保護者相互の情報提供や
    情報交換の場及びシステムの充実
    子どもが盲ろうであることがわかったら、できるだけ早く、各地の特別支援学校の教育相談や親の会(全国組織「ふうわ」)に繋がって、地域にある医療・福祉・教育の資源や利用に必要な情報を得ることができるようなシステムを整備し、盲ろう児と家族を支えていく基盤をつくることが大切です。
  • 盲ろう児の教育に携わる教職員の
    養成カリキュラムや研修システムの充実
    盲ろう児の健やかな成長・発達のためには、盲ろう児教育に関する高い専門性を有する教職員の関わりが大切です。しかし、実際には担当することとなった教職員の資質や熱意の有無によって、盲ろう児の成長・発達が左右されることが多々あるのが実情です。盲ろう児教育に携わる教職員の養成段階からのカリキュラムの開発や初めて盲ろう児を担当する教職員向けの研修システムを充実させる必要があります。このような養成や研修に関しては、学校教育の場に限らず、盲ろう児・者に関わる様々な保育・支援・就労機関等の職員に対しても取り組んでいくことが大切です。
  • 盲ろう児の教育に携わる教職員に対する
    支援体制の充実
    指導経験の無いあるいは少ない教職員が盲ろう児を指導することになった場合、盲ろう児に対する実態把握(アセスメント)や指導計画の立案、コミュニケーション手段、教材・教具の作成等について困難な場面が多々生じることが予想されます。指導経験の豊富な専門性の高い教職員や研究者等の定期的な訪問・巡回による指導ポイントの教示や授業研究会などを通じた支援体制を充実することが喫緊の課題です。
  • 盲ろう児の修学年限の柔軟かつ適切な運用
    コミュニケーションと情報収集に大きな困難を有する盲ろう児の指導は、限られた情報をスモールステップで積み上げていく必要があり、通常の修学期間では不十分と言えます。社会的背景や教育システム等の違いを踏まえながら他国の取組を参考にして、個々の盲ろう児の特性に応じた必要な修学期間の柔軟な設定とその運用体制の確立が望まれます。
  • 盲ろう児の教育に必要な教材や指導法等の
    開発研究および共有システムの充実
    日常的な実践交流の機会を設け、指導の充実を図るとともに、これまで盲ろう児の指導において開発された教材や指導法等を指導に携わる教員が活用できるようデータベース等を充実させ、なおかつ、そのデータベースの存在を周知する必要があります。

これらの課題に対し、療育・福祉・医療・行政等関係する諸機関に必要な働きかけをするとともに、諸団体と連携しながら、全国に点在する多様なニーズを有する盲ろう児・者の教育・福祉の向上に努めていきたいと思います。

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